【再掲】対談|社会的インパクト評価は起業家の現状理解に有効なツール

※この記事は、「ヘルスケア・ニューフロンティア・ファンド(HNF)インパクトレポート2021」に掲載されたものをWebに転載したものです。所属・肩書き等は発刊当時のものです。
 社会的インパクト評価は企業の飛躍的成長の一助となり得るのか。SDGs(持続可能な開
発目標)が世界的に流行し、インパクト投資が国内外で注目を集めるなか、「ただつくり、
見せる」だけではないインパクト評価の使い方をCMVの青木武士・代表取締役とSIIFの
小柴優子・インパクトオフィサーが考えます。

投資家と企業の間に立つ

小柴優子(以下、小柴):HNFのインパクトレポートも4年目となりました。実施当初はインパクトレポート制作についてどう思われましたか。
青木武士(以下、青木):ファンドというビジネスの方向性と社会的インパクト評価は整合性が取れないのではと懸念する声もありましたが、ヘルスケア領域はアウトカムを出すのが当たり前の世界。私は当初から方向性は合うだろうと思っていました。
ただ、レポート制作の目的は投資先企業の価値向上にあり、主導権は投資先企業にあることは意識的に強調しました。ともすると、「良いことをするのだから時間的、人的コストをかけてでも情報提供するのは当然」という意識が生まれます。当時といまを比べると、SIIFも私たちも相互理解が深まり、良い方向に変わってきていると感じます。
ファンドマネジャーとしての私の責任は、ご出資いただいている皆様にしっかりリターンすること。そのためには投資先企業を大切に支援し、成長していただかなくてはならない。その足かせになるようなことを私の立場でするわけにはいきません。とくにHNFはシード、アーリー期のスタートアップ企業なので、整合性の取れないことが多くて当たり前です。そこをわかっていただきたく、SIIFや神奈川県と投資先企業の間に立ち、コミュニケーションに力を入れました。
小柴:インパクト評価について、実施前と後で考えが変わったことなどありましたか?
青木:よく知らない頃は、インパクト投資という言葉を敢えて使う意味が見いだせませんでした。ヘルスケア領域において経済的リターンを最大化するには、しっかりとしたアウトカムを出し続ける必要があります。価値のあるものにしか継続してお金を出してもらえないからです。私たちは以前からアウトカムにこだわる投資を行っていましたが、それをインパクト投資とは認識していませんでした。ヘルスケア領域では「患者や利用者のためになる」ことが求められますから、どこに何の価値をどのくらい出しているのか、スタートアップは常に自問自答しなくてはなりませんし、それを表明する必要もあります。
スタートアップは成長過程で組織が一丸となれない時期があり、方向性に悩み、判断軸がズレてきてしまいます。インパクト評価は基本的に仮説と検証を繰り返しながら「実現したい未来」にたどり着くまでの行程を探る行為。まさしく、経営そのものです。HNFをきっかけに自身で勉強したり、SIIFから色々教えてもらったりしているうちに、これはシード、アーリー期のスタートアップの経営メソッドに組み込むと良いと思うようになりました。分かりやすく可視化されるため、職員間での戦略の共有、ビジョンの再確認にも使えます。もちろん、インパクト評価は万能ではありません。今後、伴走支援の方法論として、これをどう改善していくか、その工夫を私はいま楽しんでいます。
小柴:具体的に何を改善したら、より使えるものになると思いますか?
青木:まずロジックモデルはいま、「時間」と「サービス」の2軸で語られていますが、少なくとも「アウトカムの深さ」の3つ目の軸がないと、戦略を表現しきれないと感じています。現状では最終(長期)アウトカムが深く抽象的になればなるほど、現業との関連性が薄れてしまい、実現性が見えてきません。また、KPI(重要業績評価指標)などの指標を設定する時に、財務的なリターンにつながるものにしていかないとマネジメントメソッドとしては機能しにくい。たとえばNPSスコア(顧客の信頼度や愛着度など測るスコア)など、どの企業にも機能する評価指標があるはずです。インパクト評価に何が最も適切か今後研究されていくと思います。

制度の流れをハックする

小柴:インパクト投資ではデューデリジェンス(投資前調査)の際にその企業にどれほ
どの社会的インパクトがあるか評価します。CMVはどのように投資先を選んでいますか?
青木:多くのヘルスケア領域のスタートアップを見てきた経験から「失敗するパターン」と言えるものが私のなかで蓄積されています。まずはそこに乗っていないこと。
私が見るポイントは、ミッションとビジョン、マーケットの広さで、とくに事業を最初に始める市場の選び方は重要です。崇高なビジョンをもち、そこに愚直にサービスを提供したとしても黒字化の見通しが立たなければ、いずれ事業をたたまなければいけなくなります。ビジョンに至る最初の一歩、起業して最初に提供する商品もしくはサービスが、介護保険や医療保険などをうまくハックし、顧客に対し「売り上げ増加」や「コスト削減」などの価値を提供できるか、また、そこからどのように次のサービスにつなげるつもりなのか、その筋の良さを確認します。
例えばRehab for JAPANの「リハプラン」は、使用することでデイサービスが利用者にリハビリを提供し個別機能訓練加算が取れるようになります。この加算は、利用者をアセスメント(状態評価)したうえで、一人ひとりに合ったリハビリ計画を立て、実施していかねばならず、本来なら理学療法士などの専門家でないと個別のリハプランは立てられないところですが、同サービスがあれば理学療法士などがいなくても適切なプランを立てられ、事業所の収益アップにつながりますし、利用者さんも介護度の重症化予防ができます。医療・介護の世界では加算、つまり収入を得るためには人材要件、施設要件など満たしていなくてはならないことが多く、提供する商品がこのように制度をうまくハックできていることが大切です。
同社は、ITと介護の掛け合わせによる「科学的介護」の実践に力を入れており、初期に参入するマーケットとしてリハプランというサービスを提供して収入を得つつ、高齢者へのリハビリに関する膨大な情報を取りにいっています。データベースが出来てくると、「こういう高齢者はここまでに介入しないと、5年以内に寝たきりになってしまう可能性が高い」などエビデンス(科学的根拠)に基づいた新たなサービス展開が見えてきます。
小柴:リハプランを最初の数年のエンジンにして、最終的にはそのデータベースを活用して事業展開していくということですね。
青木:同社にとってはデータベースすらもマイルストーンでしかない。健康寿命の延伸が彼らのビジョンです。
小柴:診療報酬は2年、介護報酬は3年ごとに変わりますから、時流をとらえ、それをビジネスに落とし込んでいく力が必要ということですね。
青木:そこがヘルスケア領域の特異性です。

介護課題デザインマップ

小柴:投資先選定にあたり、SIIFではまず業界の課題を洗い出し、どの課題がどのようにつながっているかを探り、課題解決のためのレバレッジポイント(最小の力で最大の効果が得られる箇所)を見極め、そこに関連する企業・団体に資金を提供するようにしています。青木さんと話すなかで、業界の課題をまとめたマップがあると面白いという話になり、HNFにも介護関連企業があることから、本特集で実際に介護課題デザインマップをつくってみることにしました。青木さんはこの課題マップのどの点に興味をもたれましたか。
青木:介護も医療も社会保障制度の大きな流れに乗らないと、いずれ事業として成り立たなくなります。課題とはニーズですから、それを俯瞰できるのは面白そうだと思いました。投資先企業とともに課題マップを眺めつつ事業になりそうな次なる一手を考えるという使い方ができると思います。
今回の介護課題デザインマップづくりには、インパクト投資家としても有名で、以前から介護領域に投資している一般財団法人KIBOWの山中礼二さん、介護に関心をもつ若い人のコミュニティKAIGO LEADERS発起人の秋本可愛さん(㈱Blanket代表取締役)、理学療法士としてユニークな介護施設などを取材し、メディア化されているリハノワの河村由美子代表、そしてSIIFの皆様に参加していただきました。同じ介護領域で活躍されている方々ですが、それぞれ異なる視点をもち、非常に多様な構成だったと思います。
小柴:ひとつの団体だけでは、これほど多くの視点は出てこなかったでしょう。非常に貴重な体験でした。SIIFは公益的な活動を行う財団として、このマップを用い、介護業界の課題の理解、そして解決のためのアプロ―チをステークホルダーと検討するとともに、SIIFだけでなく他にも関心をもつ人がさまざまな施策を展開してくれたらと考えています。青木さんもこのマップを広く公表し、自由に使用、改変してもらいたいとおっしゃっていました。ファンドにとってこのような情報はある意味貴重で投資先決定に大きく役に立ち得るものだと思いますが、なぜオープンにしようと思われたのですか。
青木:ヘルスケア領域の特異性のひとつとして、報酬改定のたびに課題が動くということがあります。このため、この瞬間の静的なものを抱え込んでも、その命は長くて3年。それよりも、多くの人に動的にブラッシュアップしてもらった方が私も新たなビジネスの領域に気づけますし、その方が良いところに投資できる可能性が増えると思っています。このマップもまだ多くのバイアスがかかっていますから、多くの方に見ていただき、自分たちでは気づけない点を指摘してもらいたいですね。実際に、次回もし実施することがあれば、研究者や制度をつくる側の視点も入れたいという意見がありました。
小柴:SIIFでは、自分たちの価値基準で「ここが大事」と判断し、投資先を決めてしまうと、それが価値観の押し付けにつながらないだろうかという議論もありました。そこはどうお考えですか。
青木:
使い方とVCの投資スタイルによると思います。VCにはハンズオンし起業家とパートナーとなって一緒に経営していくスタイルと、投資した後は財務的なモニタリングをするスタイルとあるのですが、モニタリングとなると、そもそも事業に深い理解がないため、アドバイスもできませんし、このマップも使いきれません。業界の理解の一助となる程度でしょうか。一方、ハンズオンでは事業をどのように広げるか起業家と議論したり、新たなビジネスを提案したりするのに使えます。こうした議論や提案は、意見の押し付けにはならないと思っています。

無意識の自我と向き合う

小柴:キャピタリストは、自身で事業をシミュレーションし、それを体現する企業に投資するのでしょうか。
青木:投資仮説がないと良いかどうかの判断もできませんし、起業家と議論もできませんから、ノーアイデアだとむずかしいですね。私たちは「10年後にこうなっているはずだから、この領域が必ず重視される。だからこの領域に投資しよう」と考えます。一方で起業家は「こういう未来をつくりたい、だからこの分野で起業しよう」と考えます。VCは未来を予測し、起業家は未来を創りにいくのです。
起業というリスクを取るなら、「こういう未来でなければ嫌だ」という強い自我があるはずで、その強い思いの奥には、心理学で言われる「無意識の自我」が潜んでいることがあります。それを内省して、見たくない事実を受け入れ、自身の成長の糧とできるか。無意識の自我と向き合い、自我をうまく内包することは起業家の成長に大きく関係してきます。
小柴:成人発達理論を起業家の成長に当てはめ、伴走する方法は非常に興味深いです。いま仰ったこととインパクト評価、どうつながるのでしょうか。
青木:起業とは「いま」と「実現したい未来」の間を埋めていく作業。それには、まず現在地を把握しなくてはなりません。これが簡単なようでいてむずかしい。人間は自分というフィルターを通してしか世界を見ることができませんから、自分がどこにいるのか俯瞰して知るには、自身の認識度を上げていくしかない。認識度の成長には、自分の無意識の自我と深く向き合うことが必要で、そこを許容できて初めてステップ1の現状把握ができるのです。起業家はインパクト評価を通じ、事業内容だけでなく自分自身をも振り返ることになります。
小柴:今年は青木さんのなかでインパクト評価の活用方法が一層発展し、そういう使い方があったのか、と私も多くの気づきがありました。インパクト評価はあくまでツールですが、伴走の仕方次第では、そのような使い方もできるのですね。伴走力の大切さが伝わります。
青木:伴走なしでは、内省はなかなかできません。なぜそれを課題と思ったのか、なぜそのプロセスを選んだのか、そういう問いかけを通じ、起業家の根底にあるものを探ります。私自身の考えでは、インパクト評価の実践に、最初は伴走者が必須だと思っています。何年間か伴走していくなかで起業家自身がインパクト評価の有効性を理解し、自発的に考えられるようになれば、自走も可能でしょう。
小柴:一方で、インパクト評価の恐さも感じたことがあります。青木さんがとある企業のロジックモデルを見て、「これはあなた方が求める世界を表現できていない」とご指摘された際、起業家の方から「投資先から暗に求められているものをビジュアル化してしまった」と告白を受けました。もしこの時、深く考えずにその忖度されたロジックモデルを受け入れてしまったら、その企業を誤った方向に導きかねません。インパクト評価は企業の本当に目指すものをしっかり理解している人が適切にアドバイスするから機能するのであり、インパクト投資が流行するなか、このツールさえ使えばOKみたいな風潮があるとしたら問題です。伴走の大切さをこの仕事を通し学んでいるところです。
青木:確かに「とりあえずつくればいい」という考えでは、インパクト・ウォッシュを招きかねません。伴走者は起業家よりも起業家の創りたい世界観を理解し、常に「こういう事じゃなかった?」と問いを投げ続ける必要があります。ただ、意見を言えるタイミングというのはあり、受け入れてもらえる時期を探るのも重要です。
私は、投資先企業からは「何を相談しても大丈夫」と思ってもらえるよう心がけています。情報提供をためらわれたり、誤った情報を提供されたりすると、何も支援できなくなってしまうからです。

複雑な世に多様な解決策を

小柴:Rehab for JAPANはここ数年でKPIを見直すなどして大きく組織が変わり、より魅力的な商品を提供できるようになったと聞いています。具体的にどのような支援をされたのですか?
青木:インパクト評価を用いたから大きく変わったわけではなく、もともとそれだけの魅力ある企業でした。ただ、Rehabfor JAPANの良いところを表現する手段として、インパクト評価が有効だったと思います。ロジックモデル作成が、ミッションやビジョンを再確認するきっかけのひとつになりました。
小柴:ヘルスケア領域のなかでも、インパクト評価に向いている起業家と向いていない起業家はあるのでしょうか。
青木:インパクト評価はあくまでメソッドのひとつです。中長期的な戦略から短期戦略までじっくり練り、それを組織としてマネジメントできる人には向いているでしょう。直感的に経営する人もいて、そういう人には向いていないと思いますし、絶対にやらなくてはならないものではありません。収益性の大小とは関係なく、起業家の性格によると思っています。
小柴:先ほど、起業家は未来を創ると仰っていましたが、キャピタリストの青木さんも、私は未来を創りにいく方だと感じます。これまでアウトカムを重視する意味を聞かせていただきましたが、その先にどういう良い未来があるとお考えですか。
青木:いまは、「これをしたら幸せになる」というロールモデルの存在しない時代です。高度経済成長期の頃はマイカー、マイホームという分かりやすい幸せの形があり、皆でそこを目指すシンプルな構造でした。しかしいま、幸せの形は多様です。一方で、光が当たる範囲が増えるにつれ、これまでまったく気づかなかった光の当たらない部分を私たちが発見できるようになりました。そうした見過ごされてきた課題に対し、「こういう未来を創る」と起業するのも解決策のひとつですが、そうした未来を描く人たちを、できるだけ数多く支援することで、多様な課題に対し多様な解決策を世に提供できると思っています。私がキャピタリストとしてVCという手段を使って目指したいのは、未来を創る実践者を数多く世に出すこと。実践者たちが、それぞれ課題と感じるところに尽力することにより、解決可能な課題も増えていきますし、いまの複雑性の高い世の中ではひとつの課題に一種類の解決策では対応しきれないと感じるからです。いま、こうして多くの「未来を創る人」を支援できていることは、大きな喜びです。

課題デザインマップ

介護課題デザインマップver.0 (HNFインパクトレポート2021より)