【再掲】なぜアウトカムにこだわって投資するのか ~ヘルスケア領域の特異性と課題~

※この記事は、「ヘルスケア・ニューフロンティア・ファンド(HNF)インパクトレポート2021」に掲載されたものをWebに転載したものです。所属・肩書き等は発刊当時のものです。
 世界的にヘルスケアスタートアップへの投資が過熱するなか、日本もその例外ではなく、ここ数年、かつてない活況を見せています。一方、これまでヘルスケア領域と関わりのなかった投資家や、戦略とオペレーションを練り慣れていない起業家が続々と参戦することで、新たな課題も表出してきています。本特集では、ヘルスケアスタートアップを取り巻く現況と課題、その解決策のひとつとしてCMV(キャピタルメディカ・ベンチャーズ)がHNF(ヘルスケア・ニューフロンティア・ファンド)で実践している社会的インパクト評価(以下、インパクト評価)を考えていきます。

世界的にヘルスケアが活況

 ヘルスケア領域のスタートアップへの投資は、新型コロナウイルス感染症による世界的な経済停滞にもかかわらず、各国で活況を呈してきました。パンデミックにより医療の重要性を世界が再認識したこともその一端ですが、好調の兆しは以前から見られ、再生医療などバイオテクノロジー分野やAI(人工知能)を用いたデジタルヘルス分野などの技術革新が著しいこと、少子高齢化や社会保障費の増大はいまや世界の課題でもありその解決策を各国が模索していることなどが投資を呼び込む大きな要因となっています。
 国内に目を向けると、2025年問題や地域間の医療格差など従来型の中央集権的な対応策だけでは解決しきれない複雑性の高い課題が山積しており、これらの課題に対する方策のひとつとして、政府はスタートアップ企業に着目しているとみられ、多くの支援体制が組まれるようになってきています。
 こうしたさまざまな外部要因により国内のヘルスケアスタートアップへの投資は急拡大しており、以前はスタートアップ企業への投資に消極的だったPE(プライベートエクイティ:未上場企業に投資し、企業価値を上げて利益を得る投資)ファンドがスタートアップへの投資に参入するほどに至っています。また、先に上場したスタートアップが若いスタートアップへ積極的に投資するなどエコシステムが回るようにもなってきており、2021年のヘルスケアスタートアップの資金調達社数は5年前の約4倍、投資額は約4.7倍に増加(CMV調べ)、当面は堅調が続く見通しです(図1)。

知見不足による課題も

 活況の反面、他業種からの参入や起業が増えるがゆえの課題も浮き彫りとなってきています。投資家側の課題として挙げられるのは、ヘルスケア領域に対する知見の不足。日本での医療・介護の収益の大半は保険収入であり、医療は2年に1度、介護は3年に1度の報酬改定によって、収益を得られるポイントが変わるため、関連各企業もそれを見越し事業の細かな軌道修正が必要となります。しかしマクロトレンドが存在しないわけではなく、医療費抑制を念頭に置いた医療の効率化や健康寿命の延伸、地域包括ケアシステムの導入による在宅介護への移管など大きな流れから今後の報酬改定の動きを予測することは可能です。
 投資家によるハンズオン(投資家が経営に深く関与する支援)は、この長期トレンドを見据えつつ報酬改定ごとに細かな舵取りができるだけの業界の知識・経験が要求されますが、こうした知見が不足していると、そもそもアドバイスできない、もしくは短期的な利益だけを追いマクロトレンドと異なる方向に舵取りをしてしまい、結果的に中長期的な事業継続がむずかしくなるケースがあります。
 また、再生医療やAIを駆使した医療機器など流行りの分野には多くのスタートアップ企業が参戦していますが、技術力に差が大きく、投資家の目利き能力が不足していると、時に企業が本来もつ価値以上に投資してしまい、バリュエーション(企業の時価総額)の高騰を招いた結果、IPO(新規株式公開)やM&A(合併・買収)のハードルが上がってしまい出口戦略の妨げとなるケースもあります(図2)。

財務と倫理のバランス

 一方、スタートアップ側に多いのが、時流に乗り高いビジョンをもって起業したものの、「実現したい未来」に到達するまでの戦略が練りきられておらず、黒字化の見通しが立たなかったり、足元の事業とビジョンに大きな乖離が見られ、当初の理念が有名無実化したりするケースです。また、アウトカム評価が甘く、本来、グレーなものを経済的リターンのみを追求して販売促進してしまうケースもあります。
 ヘルスケア領域は時に生命に関わる分野であるだけに高い倫理観が求められ、そのための規制も多く、他分野では許容される短期的な経済的リターンの追及も、いき過ぎるとこの業界では大きなリスクとなりかねません。長期的に成長する企業とは価値を出し続けることのできる企業ですが、ヘルスケア領域においては、価値=利用者へのアウトカム、つまり社会的インパクトです。社会的インパクト評価の実施の有無にかかわらず、ヘルスケア関連の企業
は何らかの形で社会的インパクトを出していることがほとんどで、そのアウトカムが社会にどれほど必要とされ、課題解決にどれほど寄与しているかが事業の継続性を占うカギとなります。
 ビジョンのみを追求して財務がおろそかになると立ちゆかなくなるのはもちろんですが、倫理観を伴わない企業もいずれ淘汰されます。ヘルスケア領域は、他の業界に比べスタートアップ企業が黒字化するまでに時間がかかることもあり、企業の長期的な成長には、中長期的目線で経済的リターンと倫理観のバランスを図ることが必須になります(図3)。

企業価値を表現する

 CMVは、投資先企業の伴走支援にインパクト評価を活用しています。インパクト評価の用法は使う人次第にさまざまです。企業にとって「実現したい未来」にどうすれば到達できるか、その戦略をじっくり考える機会であるとともに、どのようにビジョンを実現するか外部にロジカルに説明する手段でもあり、企業のアウトカム、社会的価値、ひいては競争優位性を世に示す手法でもあり、事業の在り方に惑うシード期に創業当初の理念を思い起こさせる指標でもあり、アウトカムをステークホルダー(利害関係者)に説明するツールでもあり、投資家が企業を伴走支援する際のフレームワークでもあります。
 とくにシード期の企業は事業内容が明確には定まっておらず、ビジョン到達までの道程(ロジックモデル)は毎年、細かな修正が必要となります。戦略通りにいかないことも多いですが、だからこそインパクト評価はビジョンに至るまでの行程のなかでの自社の現状を俯瞰でき、戦略を練りなおすきっかけとなるため、アウトカムが企業価値に直結するヘルスケア領域においては有効なツールです。ただ、真剣に取り組めば取り組むほど時間的・人的・金銭的コストがかかりますし、起業間もない時期に自社だけでその活動を第三者的目線で振り返ることはむずかしく、企業単体で実施するのは容易ではありません。インパクト評価は伴走者が主体となり、起業家のビジョン達成をサポートする形で実施するのが最も機能すると考え、CMVは、伴走支援を積極的に行っています。
 これまでも起業家、投資家、VC(ベンチャーキャピタル:スタートアップに投資する投資会社)の多くは世の非合理を変えたいと動き、実際に改善に寄与してきました。しかし、意図せずに結果的に良い成果が出ているだけでは不十分であり、良い結果を出すための戦略や実行プロセスを示すことが必要な時代へと変わりつつあるとCMVは考えます。インパクト評価は、特定の課題を意識し、どのような戦略でどのように社会を変えていくか、長期的な経済的成長を示しつつ、意思をもって課題解決にチャレンジする姿勢と行程をロジカルに表現する手段のひとつとして有効です。